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2004年に野付半島と打瀬船が北海道遺産に選定され、2005年11月に野付半島と野付湾がラムサール条約に登録。
2014年12月に野付半島が東アジア・オーストラリア地域フライウェイ・パートナーシップ(EAAEP)に参加しました

トドワラ

“トドワラ”とは”トドマツの原っぱ”が語源。
野付半島内には江戸時代の中頃まで、トドマツ・エゾマツ・ハンノキ・カシワなどの樹種から成る原生林がありました。しかし、半島周辺の地盤沈下により海水が浸入、立ち枯れの森となりました。現在も浸食や風化が進み、残された立ち枯れは少なくなってきています。

ネイチャーセンターから片道1.3km(徒歩約30分)。尾岱沼から観光船トドワラコースで行くこともできます。

ナラワラ

野付半島の中ほどに位置する、ミズナラが立ち枯れた場所。原始林オンニクル、ポンニクルも周囲から枯れてきていて、特に道路に面した枯れ木の多いところをトドワラに合わせて”ナラワラ”と呼んでいます。
ここはミズナラ・ダケカンバ・ナナカマド・エゾイタヤなどが生えていて、特にミズナラが優占しています。

※ナラワラの中は散策できません。駐車場から景色をお楽しみください。

別海町観光船

野付の自然を肌で感じるなら尾岱沼を出発する観光船が便利。野付半島のトドワラをめぐる「トドワラコース」や、潮干狩りスポットとしても人気のアラハマワンドへ向かう「潮干狩りコース」、さらには外洋へ出て8kmの距離から国後島の島影を望む「外海コース」など、多彩な体験コースでバラエティに富んだ楽しみ方を提案してくれます。

観光シーズンの6月中旬から7月には、打瀬舟によるエビ漁の様子を観光船から眺めることもできます(午前便)。

また、水深が浅く、外敵の入らない野付湾は、野生のゴマフアザラシが多く生息しており、通常の「トドワラコース」(半島に上陸するコース)の他、時期には、湾内を周遊する「アザラシウォッチングコース」(尾岱沼発着)、「ショートクルーズ」(野付半島側の桟橋発着)等、アザラシ見学に適したクルージングが運航されています。

道の駅、尾岱沼

道の駅「おだいとう」は、北海道で112番目の道の駅
国道244号線沿い別海町尾岱沼中心から南に3kmに位置します。

冬から春にかけて数百羽の白鳥が飛来する「白鳥台」に隣接し、敷地内には北方領土返還を願い建設された「叫びの像」があります。

1Fはレストラン。4人がけのテーブル席とカウンター席があり、「特等席」は野付湾を対面に座ることができるカウンター席。季節や天候ごとに趣を変える野付湾と、晴天時には野付半島・国後島の島影を望むことができます。

時期には、オオハクチョウカモの仲間など飛来する野鳥の姿も観察できます。

2Fは北方領土展示室、3Fは展望塔です。

野付半島ネイチャーセンター

現地のネイチャーガイドが野付半島の感動スポットを案内してくれます。原生花園とトドワラをめぐる90分のコースなど、コースは目的や所要時間に応じて多彩です。1月~3月にはスノーシューを履いて雪原の中を歩くスノートレッキングを実施しています。

2004年に野付半島と打瀬船が北海道遺産に選定され、2005年11月に野付半島と野付湾がラムサール条約に登録、2014年12月に野付半島が東アジア・オーストラリア地域フライウェイ・パートナーシップ(EAAEP)に参加しました

野付半島原生公園

半島全体、特にネイチャーセンターからトドワラへ続く遊歩道沿いと、野付埼灯台周辺に原生花園があります。6月からセンダイハギ・エゾカンゾウ・ハマナス・ノハナショウブなど色鮮やかな花々が咲き、一面を埋め尽くします。

2004年に野付半島と打瀬船が北海道遺産に選定され、2005年11月に野付半島と野付湾がラムサール条約に登録、2014年12月に野付半島が東アジア・オーストラリア地域フライウェイ・パートナーシップ(EAAEP)に参加しました

別海町鉄道記念公園

鉄道記念公園は、平成元年4月に廃止された旧JR西春別駅跡に建てられました。
 園内にはD51蒸気機関車、ラッセル車(形式キ100)などが展示されています。
 標津線の歴史を感じることができる鉄道記念館に隣接した公園です。

旧上春別駅

上春別駅(かみしゅんべつえき)は、北海道野付郡別海町本別にかつて設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)標津線廃駅)である。標津線の廃止に伴い、1989年(平成元年)4月30日に廃駅となった。

※写真提供元 wikipedia

旧光進駅

光進駅(こうしんえき)は、かつて北海道野付郡別海町泉川に設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)標津線廃駅)である。

※写真提供元 wikipedia

旧奥行臼駅

別海町南部に位置する奥行臼(現、奥行)地区は古くから別海市街、別海海岸部、根室市とを結ぶ交通の要所にあたり、奥行地区は奥行臼駅以外に奥行臼駅逓所、別海村営軌道など現在も多くの交通産業史跡が残る地区です。

その中でも根室原野の開拓と産業の振興を図るため敷設された標津線:厚床-中標津間は昭和8年12月1日に厚床~西別(別海)間が開通と同時に奥行臼駅は運営が開始されました。
奥行臼駅は村営軌道の乗換駅等として、周辺地域の物資の輸送のみならず、文化・生活の発展に重要な役割を果たしてきました。

しかしながら、自動車の普及等によって、その役割は次第に小さくなり、国鉄からJRへの移行後、平成元年4月29日標津線は廃止となり、奥行臼駅も56年間の歴史に幕を閉じました。
別海町では廃止となった鉄道を本町近代化に欠かせない役割を担ってきたとし、その足跡を残す歴史的建造物として、昭和初期の建築様式を留める奥行臼駅、関連施設である島式ホーム、詰所、石炭小屋等周辺施設を含め文化財に指定。

また、撤去されていたレールを新たに敷設するなど、路線廃止以前に近い形で復元し、鉄道機能の理解に配慮した形で公開しています。
酪農地帯の丘陵の中、奥行臼駅の遠くまで延びるレールは訪れる人々に北海道の駅の原風景を思い出させます。

※写真提供元 wikipedia

旧奥行臼駅逓所

駅逓所(えきていしょ)とは、近代の北海道において、交通不便後に駅舎と人馬等を備えて、物資の逓送や宿泊等に便宜を図るために設置された施設です。明治期以降、北海道では独自の制度として存続し、北海道の開拓と連動して発展を遂げました。

旧奥行臼駅逓所は、駅逓取扱人山崎藤次郎の自宅を駅舎として、1910(明治43年)に開設されました。廃止される1930(昭和5)年までの間、人馬の継立と宿泊、物資の逓送等を行いました。駅逓所廃止後は、山ト山崎旅館として使われ、駅逓所時代よりも賑わっていたと伝えられます。

1982(昭和57)年に別海町指定文化財、1994年に北海道指定有形文化財、2011(平成23)年に国の史跡に指定されました。

新酪農村展望台

360度の緑と空の大パノラマ。晴れていれば、風蓮湖や阿寒知床連山まで望めます。

本別海の一本松

西別川河口にある、推定樹齢130年のグイ松。明治7年、東北各地から漁夫百十数人を募集し、西別川で漁労に従事せしめた番屋の横に植生していたものです。
当時は2・3本ありましたが、現在まで残るのはこの1本のみです。

四角い太陽

気温と海水温の温度差によって起こる蜃気楼現象で、光が屈折し太陽の輪郭が変形します。楕円形や台形に変形することもありますが、きれいな四角い太陽に出会えた人はまさに幸運。雲で隠れてしまったり、快晴過ぎても眩しくて見えないなど、神秘的な現象。

気温が急激に下がる10月下旬や、寒さが厳しい2月上旬が比較的現れやすいと言われています。

打瀬舟

打瀬舟(うたせぶね)は、伝統的漁法『打瀬網漁業』に用いられる船のことで、風の力を利用して底引き網を引く方法です。水深0~5mの浅い野付湾で、夏と秋の年2回、ホッカイシマエビの住み処であるアマモを傷つけずに漁を行うために使われています。

2004年に野付半島と打瀬船が北海道遺産に選定されました。

加賀家文書館

「加賀家文書館(かがけもんじょかん)」は、江戸時代の末期に野付半島などで活躍した加賀家が残した古文書資料約千点が収蔵されています。加賀家と別海町のかかわりや、幕末にノツケ(野付半島)でアイヌ語通辞(つうじ・通訳者)として活躍、多くの資料を残した「加賀伝蔵」の業績、江戸幕府によって野付半島先端に設置された野付通行屋と漁番屋のジオラマ、野付半島に残る史跡などを紹介しています。

野付の千島桜

野付小学校敷地内にある見事な桜。
推定樹齢100年以上、低木であまり大きくならないチシマザクラがこれほど成長するのは大変貴重で、日本最大と言われています。
つぼみが付き始めると野付小学校ブログで開花情報がお知らせされ、5月中旬~下旬頃に見ごろを迎えます。

竜神崎

真っ白でシンプルな姿の灯台。
ネイチャーセンターを通り過ぎ、そのまま約3kmほど先端方面に向かいます。灯台手前に駐車場あり。一般車両の通行は、この駐車場までです。
遠景でも見られますが、近くまで行く場合は、徒歩にて砂利道を散策ください(約500m、徒歩3分)。

※砂利道以外の草原、湿地には入りこまないでください。

野付半島

半島全体、特にネイチャーセンターからトドワラへ続く遊歩道沿いと、野付埼灯台周辺に原生花園があります。6月からセンダイハギ・エゾカンゾウ・ハマナス・ノハナショウブなど色鮮やかな花々が咲き、一面を埋め尽くします。

野付湾

野付の自然を肌で感じるなら、尾岱沼を出発する観光船が便利。目的に合わせて各種コースをお選びください。
・トドワラコース
・潮干狩りコース
・外海コース(ネイチャークルーズ・国後島クルーズ)

白鳥台

国道244号線(知床ノサップライン)沿いの道の駅おだいとう・北方展望塔がある春別川河口高台が白鳥台と呼ばれています。毎年12月から3月にかけて白鳥が集まるポイントとして知られています。

 海の向こうには野付半島を望むことができ、厳寒期には別海町の風物詩「四角い太陽」を見るスポットとして知られており、多くのカメラマンが訪れています。

風連湖

根室市と別海町にまたがる風蓮湖(ふうれんこ)。
別海町側からは、湖に伸びる砂嘴(さし・砂の半島)の先にある走古丹(はしりこたん)漁港から展望することができます。
冬には、結氷した湖で氷下待ち網漁が行われます。

ヤウシュベツ川河口

ヤウシュベツはアイヌ語で「ヤ・ウシュ・ベツ」-「網曳きの大川」といい、『網で魚を捕らえる場所』という意味です。
通称「土場川」とも呼ばれ、幕末の航路、明治・大正・昭和の中期までは根室等への物資輸送路でした。
国道244号線に架かる万年橋から望む風景は一見の価値があります。

別海十景について

野付半島

大自然のアート

 知床半島と根室半島の中間に位置し、オホーツク海に腕を伸ばすようにして広がるのが野付半島。全長約26kmの日本最大の砂嘴(さし)です。 砂嘴とは、海流により運ばれた砂が、長年に渡って堆積して作られた地形のことです。海流の浸食によってできた複雑に入り組んだ海岸線も、野付半島が多様な生命を育んでいる要因のひとつです。
 また、野付半島沖の海底は起伏が多く、潮流も早いことから、道内でも有数の漁場となっています。

歴史

 野付半島の中央部にあるオンニクル遺跡では、擦文時代の竪穴式住居が数多く発見されています。半島の沖でもマンモスの化石が何度も発見されていることなどから、ここでは太古の昔から数多くの生命の営みが繰り返されてきたと考えられます。
 また、江戸時代の中期から末期にかけて、野付半島は船で国後や千島列島に渡る際の中継地点、交通の要所として繁栄し、北方警備の任にあたる武士が駐在する通行屋も設けられていました。

幻の街キラク

 「江戸時代から明治の初期にかけて、野付半島の先端に港町として栄えた「キラク」という街があった。武家屋敷が立ち並ぶ街の道は敷石で整備され、遊郭があって女性もたくさん住んでいたらしい」。野付半島では、このような話が古老によって語り継がれてきました。
 しかし、古い地図や文献には「キラク」があったことを立証する明確な記述はなく、幻の街として今も人々の歴史ロマンをかきたてています。

野付湾

多様な生命を育む海のゆりかご

 野付半島に抱かれるようにして広がる野付湾は、水深が2から5メートル。比較的浅い湾内の海底にアマモが茂り、野付名物北海シマエビの絶好の棲家となっています。
 湾内の各所にある干潟は多種多様な生命を育み、秋から春にかけてはオオハクチョウ、ヒドリガモ、コクガンなど多くの渡り鳥が飛来します。野付湾で翼を休めた鳥たちは、さらに北や南へと飛び立っていきます。

今なお残る伝統の打瀬網(うたせあみ)漁

 北海シマエビの漁期は初夏と秋の2回。北海シマエビが生息する野付湾は、干潮時には干潟が露出するほど浅い海域にアマモやスガモが生息しています。これらの藻は北海シマエビをはじめ多くの生物たちの産卵場であり、彼らを守り育てる「海のゆりかご」。この藻場を漁船のスクリューで荒らしてしまわないようにと、現在もなお、明治時代から伝わる打瀬舟を使って漁が行われています。
 風を受け、三角の帆をはためかせて静かにすべる打瀬舟の情景は尾岱沼の風物詩になっています。

野付半島原生公園

半島一帯に広がる花園

 半島の東端、野付埼灯台を中心した竜神崎一帯に広がる花園です。アヤメやセンダイハギなど、5月下旬から10月まで色鮮やかな花々が次々に咲きだし、自然探勝路を散策する人を楽しませてくれます。
 また、海流が造りあげた天然のボッコ沼付近には、タンチョウの営巣地があり、秋には優雅な舞いや飛び立つ姿を見ることができます。野付半島ネイチャーセンターから野付崎灯台までは、徒歩で約45分です。

  • 見頃 5月下旬から10月
  • 問合せ先 野付半島ネイチャーセンター TEL:0153-82-1270 FAX:0153-82-1296
  • アクセス 根室中標津空港から車で45分(国道272号線→標津町→国道244号線→野付半島)

代表的な花の紹介

クロユリ(Kamchatka lily)
 ユリ科で高さ15から30cmの多年草。開花時期は5月下旬から6月下旬で、野付半島先端付近に群生します。

センダイハギ(Secndaihagi)
 花は直径2cm程度の蝶型で開花時期は6月中旬から8月中旬。海岸などの草原に大きな群落を形成します。

エゾカンゾウ(Ezokanzou)
 野付半島を代表する花で、半島一帯を黄色に染め咲き誇ります。開花時期は6月下旬から7月中旬頃です。

花のカレンダー

花名開花時期主な群生地区
センダイハギ6月中旬から8月中旬半島全域
クロユリ5月中旬から7月半島先端付近
ハマナス6月中旬から10月上旬半島全域
エゾカンゾウ6月中旬から9月半島全域
ワタスゲ6月から7月灯台周辺
ハマエンドウ6月から7月半島全域か海岸の砂地
ミツガシワ6月から7月灯台周辺
シコタンタンポポ5月下旬から7月中旬半島全域
ヒオウギアヤメ6月下旬から8月上旬半島全域
ハマフウロ6月下旬から9月半島全域
チリガネニンジン7月下旬から9月上旬原生花園

トドワラ

海水に浸食されたトドマツが立ち枯れた姿を見せる光景は、まさに地の果てを思わせる趣。荒涼とした風景が自然の摂理を感じさせます。現在でも浸食が進んでおり、いずれはこの光景が見られなくなるかもしれません。野付半島ネイチャーセンターから木道の散策路を歩くとみることができます。

 また、シーズン中(4月下旬から10月)にはトラクターバスが運行しており、バスに乗っての散策や観光船を利用する野付湾からの散策も人気です。

※平成26年の低気圧災害による木道破損後、復旧工事が行われ、平成28年からは新しい木道が設置され散策可能となっています。

トドワラの看板

白鳥台

国道244号線(知床ノサップライン)沿いの道の駅おだいとう・北方展望塔がある春別川河口高台が白鳥台と呼ばれています。毎年12月から3月にかけて白鳥が集まるポイントとして知られています。

 海の向こうには野付半島を望むことができ、厳寒期には別海町の風物詩「四角い太陽」を見るスポットとして知られており、多くのカメラマンが訪れています。

風蓮湖

別海町と根室市にまたがる汽水湖と湿原地帯。広大なエリア一帯は手付かずの自然が今も残り、数多くの野生動物や植物が生息しています。野付半島とともに「野付風蓮道立自然公園」となっており、「ラムサール条約」となっています。
 
 面積は52.1キロ平方メートル、日本で14番目に大きい湖です。風連川、別当賀川、ヤウシュベツ川が流入しており、川の周辺では魚を守る植樹運動が盛んに行われています。
 
 風蓮湖の名前の由来は、アイヌ語で「フーレ・ペッ」「赤い川」からきています。川筋には「やち」が多く、赤いやち水が流れているという意味で、湖名もその名を付けて「風蓮湖」と呼んだそうです。

茨散沼

一見難解な名前はアイヌ語で「ハラサン」-「平棚」という意味で、「住時このところに納屋を作り米酒味噌等を凾館より取り寄せかこいたりと言う」と 【北海道蝦夷語地名解】のなかで紹介されています。初夏には水芭蕉が咲き、人の手が加わっていない自然豊かで静かな場所になっています。
 また、鳥獣保護区に指定されているので、動物たちの楽園にもなっています。

ヤウシュベツ川河口

ヤウシュベツはアイヌ語で「ヤ・ウシュ・ベツ」-「網曳きの大川」といい、『網で魚を捕らえる場所』という意味です。通称「土場川」とも呼ばれ、幕末の航路、明治・大正・昭和の中期までは根室等への物資輸送路でした。国道244号線に架かる万年橋から望む風景は一見の価値があります。

町立小野沼公園

新酪農村展望台

昭和48年から国家的大事業として953億円を投入、昭和58年には新規入植94戸を含む222戸の入植が完了し、1戸あたり50ヘクタールの草地と60~70頭の乳牛を有するヨーロッパ並の近代酪農地帯が整備され、世界に例のない近代的な大規模酪農村が誕生しました。

 昭和54年に移設した高さ10mの展望台からは、あたり一面に広がる緑の大平原にのんびりと草を食べる牛たち・どこまでも真っ直ぐ伸びる道路と、北海道らしい風景が広がっています。晴れた日には風蓮湖や阿寒、知床連山も望むことができる人気スポットです。

 また、牧草収穫の時期(6月上旬頃から8月上旬頃:一番草、8月下旬から9月:二番草 ※天候によって時期がずれる場合があります。)には、牧草地にたくさんの牧草ロールを見ることができます。牧草ロールは、牛たちの冬期の餌となり、厳しい冬の間でも夏に収穫した牧草を食べ乗り切ります。

  • 所在地 野付郡別海町別海396番地7
  • 入場料 無料
  • 駐車場 有り